シリーズの最後に、10年を振り返っておきます。
先に書いておくと、強く後悔していることはありません。
ただ、小さいものがチリツモになっている感覚はあります。
その話と、40歳までにやりたいことを書いていきます。
キャリアの選択で迷っている人
役職や肩書がないまま年数が経っている人
30代で方向を変えようとしている人
強い後悔はない ただ、小さいのが積み上がっている
「あのときこうしていれば」という決定的なものは、思い当たりません。
ただ、並べてみると同じ形のものが3つありました。
1社目:リーダーに押すと言われていた
来期くらいからリーダーに押す、という話をもらっていた時期がありました。
その状態で転職しています。
結果として、役職の経験がないまま次に行くことになりました。
2社目:あと1年いれば、役職がついたかもしれない
ここも同じです。
もう1年続けていれば、何かしら役職がついていた可能性はありました。
3社目:押してもらいながら、掴みに行っていない
今の会社でも、リーダーに押してくれるという話はありました。
ただ、自分から掴みに行ったかというと、正直そうでもありません。
半年後にはPLを、と考えてはいましたが、動いた量は足りていなかったと思います。
待っていれば回ってくる、と思っていた部分があったかもしれません。
1つずつ見れば、どれも大したことではない
どれも致命的ではありません。
ただ、3つ積み重なると「役職経験のない30代」ができあがります。
これが今回の転職にもつながっている気がしています。
チリツモというのは、こういうことなんですね。
年収を下げて入ったことの、思わぬ副作用
今の会社には、年収を30万ほど下げて入りました。
この判断自体は、今も間違っていなかったと思っています。
ただ、あとから気づいた副作用がありました。
単価が低いと、入る案件も変わる
SESは、給料と単価がつながっています。
給料が低ければ、会社が売る単価も低くて成り立ちます。
つまり、そこまで単価の高くない案件に入ることになるんですよね。
高い年収で入っていたら、逆に追い込まれていたかもしれない
仮に高い年収で入っていたら、どうだったか。
会社としては、単価の高い案件に入れる必要が出てきます。
そうなると、自分の意思に関わらず上流に挑戦する機会が増えた気がするんです。
安全側に倒した結果、挑戦しなければならない必然性も減っていた。
ここは今回いちばん考えさせられた点でした。
安全な選択には、安全なりの代償があるということですね。
もちろん、高い年収で入って案件に入れず、待機が続く可能性もあります。
どちらが正解だったかは分かりません。
ただ「条件を下げると、期待も下がる」という構造には気づいていませんでした。
「もっと早く動けばよかった」とは思わない


転職の記事でよく見る後悔がこれです。
ただ、私にはありません。
そのときの自分には、最善に見えていた
どの選択も、当時の情報と経験で選んだものです。
今の目で当時を裁いても、あまり意味がないんですよね。
持っている情報が違いすぎます。
後悔として意味があるのは、これから変えられることだけだと思っています。
だから先ほどのチリツモも、反省というよりはこれからの材料として書きました。
やっておいてよかったこと


逆に、これはやっておいてよかったと思うことがあります。
個人で自分のサービスを作ったことです。
会社ではAIに触れなかった
意外に思われるかもしれませんが、開発の現場にいてもAIを使う機会は多くありませんでした。
もし個人で作っていなければ、この数年の変化に気づけていなかったと思います。
手を動かして初めて、レベルの上がり方が分かりました。
今回コンサル寄りの職種を選んだ理由の一つも、ここにあります。
資格は、あまり気にしていない
資格については、正直そこまで重視していません。
あれば有利な場面もあると思います。
ただ最後に見られるのは、経験と、何ができるかでした。
少なくとも私の転職では、資格の有無が決め手になった場面はありません。
聞かれるのは、いつも何をどれくらいの規模でやったかでした。
20代の自分に一言だけ言うなら


これが一番書きたかったことかもしれません。
言うとしたら、これです。
「変化することを、どこかで意識しておいてほしい」
意識していれば、行動のほうに出てくる
毎日考えている必要はありません。
ただ頭の片隅にあるだけで、無意識にでも選ぶものが変わってきます。
読む記事も、引き受ける仕事も、少しずつ変わっていきます。
分からない時期は、フェーズごとに必ず来る
どの段階に行っても、理解できない仕事のレベルは出てきます。
新人のときも、10年目の今も、それは変わりませんでした。
そこで投げ出さないこと。
そして「こういうことかな」と時々振り返って、自分を俯瞰する癖。
これさえあれば、多少なりとも進んでいけると思っています。
少なくとも私は、その繰り返しでここまで来ました。
文系からITに入ったときも、開発現場に入ったときも、最初は何も分かりませんでした。
分からない状態そのものは、たぶんずっと続きます。
40歳までにやりたいこと


一度は役職に就いてみたい
主任やリーダーなど、平社員より一つ上で構いません。
大きな責任が欲しいわけではないんです。
ただ、チリツモの後悔がまさにここなので。
DXやIT企画の「視座」は持っておきたい
責任者になりたいわけではありません。
ただ、目指す方向としてはそこだと思っています。
そのほうがビジネスや運営そのものに関われるので、単純に楽しそうです。
肩書ではなく、どの高さから物を見るかの話ですね。
コンサルは、続けられるなら続ける
何年やるかは決めていません。
限界を感じたらどうなるかは、正直分かりません。
ただ、いずれ事業会社の事業側に関わるのも、先々ではアリだと思っています。
仕事以外では、作っているサービスを育てたい
個人で作っているサービスは、少しずつでも続ける予定です。
ただ、一人で回すのはさすがに難しいと感じています。
開発もマーケティングも動画も、全部やると手が回りません。
なので、協力してくれる人を募りたいなと考えています。
マーケティング、動画の作成、そこから会員を増やしていくところまで。
まだぼんやりした構想ですが、そのうち形にしたいです。
会社の仕事とは別に、自分で回せるものを持っておきたいんですよね。
何をもって「うまくいった」とするか


楽しいと思えていればOK
結論としては、これだけです。
得意か不得意かは置いておいて、楽しめていればそれが一番だと思っています。
この考え方の元になっているのは、たぶん漫画の『宇宙兄弟』です。
作中に「どっちが楽しいか」で決めなさいという言葉が出てきます。
初めて読んだときに、これだなと思いました。
忘れないように、スマホの壁紙はずっとそのページにしています。
迷ったときに画面を開けば目に入るので、けっこう効きます。
合っているかどうかについては、こう考えています。
一応、採用してもらえたわけです。
なら、適性はそれなりにあるという理解でいいはずです。
そこからどうなるかは、自分の努力と考え方次第ですよね。
逆に、失敗の条件も決めておく
これも先に決めておきました。
やりたいことが分からなくなって、キャリアも迷子になる状態。
これが一番まずいと思っています。
年収が上がらないことでも、役職に就けないことでもありません。
働き方の線
最後に、これだけは守りたいという線です。
- 休みがちゃんと取れること
- 残業が平均50〜60時間になるのは避けること
前職で体調を崩したのが、まさにその水準でした。
守りたいものもあるので、ここは譲らないつもりです。
年収や役職は、あとから取り返せます。
ただ、体調と生活はそうはいきません。
ここは前職で身をもって学びました。
まとめ:1年後に答え合わせをします


このシリーズは、ここでいったん終わりです。
最後まで書いてみて思ったのは、何も解決していないということでした。
不安は消えていませんし、合っているかも分かりません。
ただ、後悔の形だけははっきりしました。
決定的な失敗ではなく、小さい選択が積み上がったものだったという形です。
だとしたら、これから積み上げる側も同じはずです。
次に書くのは「転職後の自分」になります。
うまくいっていればそう書きますし、そうでなければそれも書きます。
1年後に、この記事の答え合わせをするつもりです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




































